子どもが「学校に行きたくない」と言わなくなった理由

不登校、とまでは行きませんが、園児から小学2年くらいまで上の子は時々「(園や学校に)行きたくない」と言う子でした。不登校に限らず、子どもが親にとって「これは問題なのでは?」と思う行動を取るときは、大きく二つ、要因があると思っています。

①親がその世界を創っている
②子どもが子どもの世界を生きている

私は、自分の心がザワザワする限りは①の可能性が高いと思ったので、ノートにツラツラ書いてみることにしました。

最初の要因:学校に行って当たり前の価値観

ノートにツラツラ書いてみて、最初にあったのが自分の中の「学校は行って当たり前だ」の価値観でした。これがある限り、心のザワザワは消えません。なので、まずはこの価値観を自分が心地よいと思う価値観に書き換えることにしました。

学校は行っても行かなくてもいい

そもそも学校教育の目的は、子どもたちに一定水準の学力や知識を得る場を提供してあげようと国が与えてくれたありがたい制度です。なので、行くにこしたことはないですが、【行かなければならない】わけではない。生きていくための智慧を得られるなら、他の方法でも良いのです。まぁ、実際親は大変かもしれませんが・・・でも、自分と子どもの人生にとって、何が一番大切なのか?を本気で見つめた場合に、「学校に行くことが一番大切」なわけは、どんな親でも100%あるわけないと思っています。

「学校に行っても行かなくていい」

という価値観に書き換えてから、上の子はしばらく「学校に行きたくない」と言わなくなりました(笑)

また「行きたくない」と言いだした

しばらくして、また「学校に行きたくない」と言い出しました。言われても自分がザワザワしないのなら、自分の内側に関しては放っておいていいと思っています。(子どもの人生の問題なので、一緒に考えてあげる)。ですが、まだザワザワしていたので、またノートを使って自分を見つめることにしてみました。

学校ってなんだろう?

決まった時間通りに過ごさないといけない。

いじめたこともいじめられたこともあってイヤな思い出が多い。

居心地悪い。

窮屈。

 

ネガティブなことがどんどん出てくる。それで気づきました。学校だけでなく、大学や職場でも、私は

集団生活が苦手。

集団生活が嫌い。集団生活の全部が嫌いじゃないけど、もっと自由がいい。心地よく過ごせる場が好き。

 

ただ、これは私の場合。自分の子どももそうだとは限りません。自分の子どもは、集団生活を好きかもしれない。

 

私の「集団生活」への定義や価値観が、具現化されてただけだ

 

と、気づきました。なので書き換えました。

私は集団生活であろうが、どんな生活であろうが、ありのままの私でいられる。

と。

 

子どもが「行きたくない」と言わなくなった

その後、上の子は行きたくないと言ってきたことは覚えている限りありません。もちろん、行きたくないと言わないことが良いこと、という価値観はありません。(前述の通り、最初に「学校は行っても行かなくてもどっちでもいい」という価値観にしました。決めるだけ。もちろん、以前持っていた価値観に揺らぎそうになることはありますが、決めるんです。顕在意識で強く決意して、それを続けること。それが、潜在意識を変えていきます。)

 

顕在意識で決めて、それを続ければ潜在意識が変わる。すると、潜在意識の投影の現実が変わる

最初は自分が決意して決めるだけです。そして決めたことを続けるだけ。揺らいでも決めたことを選択し続ける。そうすると、顕在意識ではすぐにはコントロールできない潜在意識が変化します。潜在意識が変化すると、その投影である現実(世界)が変化してくるのです。

 

自分以外の人の世界はコントロール外

いくら自分が自分の内側を変化させていっても、外側が想像したのと違う風に変化しなかったり変化したりすることがあります。例えば、子どもが学校に行きたくない、と言うから、自分を見つめてみたけど、やっぱり子どもが相変わらずの場合もあります。そこの見極めポイントは「自分が本当にザワザワしないか?するか?」だと思います。ザワザワするなら、自分の内側にまだ何か見つめるポイントがある。しないのなら、子どもは自分の世界を生き始めている(自分の人生に必要な経験を積もうとしている)という視点で、大人としてできるサポートをすればよいのです。ザワザワを無視してしまう場合があります。「本当にザワザワしない?本当に?」と何度も自分に聞いてみてください。

 

人へのコントロールを手放せた時に、本当の自分の人生が始まる

人、例えば家族をコントロールしたい気持ちがある間は、まだ外側に幸せの条件を求めている状態です。それが悪いわけではないですが、本当の答えは外側にはありませんし、本当の幸せは外側にはありません。幸せとは、何かを得てなるものではなく、内側から湧いてくる感性だからです。

 

親が幸せなら子どもは幸せになる

子どもは親に幸せでいて欲しいと思っています。小さな子どもは特に、無条件で親が大好きなことを身体いっぱい使って表現してきます。子どもを幸せにできるのは、外側の物や条件ではなく、親が幸せを感じられる感性で日常を生きており、その背中を見せれば、子どもは勝手に「幸せ」を感じ学んでいくのです。そして、小学2年~3年くらいでいよいよ、子どもたちは親との潜在意識での繋がりを薄くして、自分の人生(世界)を生き始めます。親がいくら働きかけても子どもに届いてない感じがすることも出てくるかもしれません。それは、子どもが”人生で積み上げたい経験を積んでいる”だけなので、人としての子どもを信頼し、傍で見守りサポートをすればよいのです。

 

子育ての悩みや問題は自分を知るためのチャンス

不登校だけではなく、あらゆる問題と思えることや悩みは、自分がモヤモヤ・ザワザワする限りは、自分の内側からの呼びかけです。潜在意識が、自分を知るチャンスを与えています。そして、自分を知れば知るほど、本当の意味の幸せな日常に近づくことができ、自分が本当の意味で幸せを感じられるほど、周りも幸せになっていきます。是非、自分をより深く知って、日々を楽に生きられるようにしてみて下さいね♪

 

余談:とはいえ、やっぱり集団より個人で自由が好きなわたし(笑)

「どんな場でも自分らしくいられて、それを受け容れてもらえる」という価値観に書き換えましたが、やっぱり心地いいのは集団行動とかより自由な場です。そこで気づいたのは、最も大事なのは「自分の思い込みや価値観に気づいていること」だと思いました。「これは自分特有だ」と認識していれば、そのフィルターがない人や、ないバージョンでの見方ができるからです。臨機応変にそのフィルター、色眼鏡を外すことができる。だから、やっぱり自分(の内側)を知ることが、生きやすい日々には大きなポイントになってきます。

 

自分を知るのにノートワークがおすすめです。
言語化苦手だったり面倒な方、またノートワークしてても気づかないものにはアートワークがとてもいいです。

 

Ayako
小学生と園児の2児の母です。 ~無理せず、自然に、私らしく~ 自分を受容するにつれて、世界からの様々なもの、タイミングなどに気づきやすくなり、受け取り上手になります。受け取り上手は与え上手。 自分の世界の波に乗るような生き方を体感できます。 ヒントや気づきにつながる情報をシェアします。 最近、自分が「隠れアスペ」と気づきました。共感力も低い。それを自分で認識しただけで、とても楽になり、さらに毎日が楽しくなってきました。
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