*感性UPと自己受容に:アートワークとノートワーク【愛知・名古屋・豊田】

どんな人生送ったの?④

Ayako
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小学生と園児の2児の母です。 ~無理せず、自然に、私らしく~ 自分を受容するにつれて、世界からの様々なもの、タイミングなどに気づきやすくなり、受け取り上手になります。受け取り上手は与え上手。 自分の世界の波に乗るような生き方を体感できます。 ヒントや気づきにつながる情報をシェアします。 自己受容含む、色々な記事をアメブロでも更新しています。 (アメブロ:https://ameblo.jp/ayako44448888/)

どんな人生送ったの?③」の続きです。

 

父が他界して

悲しい気持ち、寂しい気持ちと

正直

ホッとする気持ちがありました。

 

姉と父がいなくなり

(経済的に)やっと普通の人生が送れる!

 

と安堵したのです。

酷い話かもしれませんが

それは本当に感じた気持ちです。

 

悲しいのも本当。

安堵も本当。

 

人が死んだのに

安堵したって

私はなんてひどい人間なんだ

と思ったのは少し後で・・・(罪悪感の記事はコチラに書きました)

 

大学時代は

バイトをたくさんし

パソコンや英語の教室に大枚をはたき・・
(おかげでブラインドタッチは早いw)

そして

以前の家族では考えられなかった

自分の人生を楽しむ事始め

旅行を趣味にして
(そのために大学の出席はほどほどに、、バイトを頑張っていたw)

 

経済的な心配がなく

好きな事をできる人生のすばらしさを

生まれて初めて体験し始めました。

 

そんな時、大学3年の時に

自分が大多数の人と気質が違うことに気付きます。

 

就職活動を

同じ時期に

いっせいに

同じ学年が

する意味が分からない!!

 

と思ったのです。
(もともと、中学や高校も、毎日同じ時間にみんなが行くのが不思議だった)

 

数か月は就職活動してみたものの、

バイト三昧に切り替えて

卒業したら短期留学をすることにしました。

 

今思えば

自分が他の人たちと比べられるような環境が

本当に苦手だったのだと思います。

 

どんな点を取っても

私より上はいくらでもいる。

 

性格は

自分ではマジメだと思っていたのに

数回受けた面接は全部落とされた。

 

 

振り返れば

高校受験も

大学受験も

就職活動も

 

自分が勝てないかもしれない土俵に立つのを

極端に恐れていたのだと思います。

 

なぜなら

自己肯定感が低すぎたから。

 

小さい頃からずーーーと

「私は愛されない」

と思っていたから。

 

 

そして私は

何かスキルアップすれば

自分の価値が上げられると思い込んでいたので

オーストラリアに短期留学し

英語をもっと勉強することにしたのです。(英語が好きだったのももちろんあります)

 

 

オーストラリアでは楽しい日々を過ごしました。

自由に意見をする海外の友達。

優しいホストファミリー。
(自分の家族以外の家族のカタチを体験できたのは、私にはものすごく価値のある経験でした)

 

ホストマザーが愛に溢れた人で。

私の中の

「母親像」

を良い意味で壊してくれました。

 

自分の母親の姿しか母という形を知らなかったので

 

私は、私のなりたいような母親になればいいんだ

 

と思わせてくれました。
(といっても、良い母親の理想を追いすぎて自滅しましたがw)

 

英語は以前より自信がつき

帰国して念願のホテル業に携わりました。

 

またまた勝てないかもしれない土俵に立ちたくなかった私は

本当に行きたい大きなホテルの正社員募集は脇に置き
(もっと経験を積んでからでないと!と思っていた)

小さなビジネスホテルのアルバイトから始めました。

 

そして、頑張れば頑張るほど評価される、という社会人の楽しさに目覚めました。

 

そこで経験を積んでから、大きなホテルでも勤務しました。

仕事の経験は、だんだんと自信がついてきました。

 

頑張ると評価されるので、満たされる気分になりました。

 

でも、自信がない部分もありました。

20代のほとんどは、恋愛が上手くいきませんでした。

片思いだったり、付き合ってもすぐ別れたり。

 

今考えると、自分がありのままの自分を好きではなかったので

「誰かと付き合っている」という状態をつくって自信を持ちたかっただけだと思います。

 

どこか自分の人生で上手くいっていない部分を見つけては

自分を外側の条件で足そう足そうとしていました。

 

その後、体調を崩してホテル業を諦めて

秘書の仕事に就きました。

たくさんの経験をさせて頂きました。
(医療機関だったので、様々な患者様を見る中、感じる事が色々ありました)

その経験の中で

 

自分の人生って何だろう?

幸せって何だろう?

 

と改めて見つめなおすようになり

主人と出会いました。30代になるころでした。
(高校生の時は知らなかったが高校の同級生だったw)

 

そして、結婚後福岡から愛知に越しました。

 

愛知で、知り合いがおらず

経済的にも余裕がなくて

子どもを産み、

育児ノイローゼ(気味)になりました。→(その記事

 

家計的にも精神的にも外で働いた方がいいのかもしれない、と

紹介を頂いた秘書業で働き始めました。

 

とても充実した日々に変わりました。

仕事では評価してもらえ

お小遣いがなかったのが

少しお小遣いに回せるようになり

以前よりは毎日が圧倒的に楽しくなりました。

 

でもそれでも

私はずっと物足りなさを感じていました。

そして

子どもが、(私が思う)幸せな人生を送って欲しい、と子どもをコントロールしようとしていることに気付いたのです。

 

結婚直前に

幸せって何だろう?

と考えていた時期を完全に忘れてしまっていて(笑)

 

今度は

子ども、という外側の条件を

(その時の自分の思う)価値があるものに整えて

自己肯定感を上げようとしていました。

 

⑤へ続く

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小学生と園児の2児の母です。 ~無理せず、自然に、私らしく~ 自分を受容するにつれて、世界からの様々なもの、タイミングなどに気づきやすくなり、受け取り上手になります。受け取り上手は与え上手。 自分の世界の波に乗るような生き方を体感できます。 ヒントや気づきにつながる情報をシェアします。 自己受容含む、色々な記事をアメブロでも更新しています。 (アメブロ:https://ameblo.jp/ayako44448888/)

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