鬼はうち、福もうち【節分の掛け声が違う場所がある】

こんにちは。井上亜矢子です。

 

節分に多くの地方では

「鬼は外、福はうち」

と掛け声をかけるかと思います。

 

しかし、地方や場所によっては

「鬼はうち、福もうち」や

「鬼はうち、福はそと」

というところもあるとご存知ですか?

 

話は古代にさかのぼります。

大和朝廷のころ、

各地の豪族と話し合いなり戦うなりして

支配を広げていったようですが、

 

鬼とは

新勢力に対抗し続けた豪族(熊襲や蝦夷など)

 

あるいは

 

もっと時代をさかのぼり

出雲大社ができたころの時代。

その時も

新しい勢力と旧勢力で

対立があったと言われています。

そのころに追いやられた旧勢力が鬼。
(大国主やメインの方々は殺害されたであろうと思うので、その方たちの支持者や子孫らが追いやられたのではないかと。出雲大社は怨念の封印のためのお社。)

 

などの説があります。

つまり

鬼は

新勢力にとって都合が悪いから

悪しきものとして追いやられた立場。

そしてその伝統が

「鬼はそと、福はうち」

という掛け声になっている。

 

本来、見方を変えれば

鬼は追い出さなくてもいいもの

 

ということになります。

 

で、

【青鬼】

のシンクロが最近凄いので

鬼は鬼でも青鬼って何だろう?

と思い調べてみました。

「悪意や憎しみ、怒りの象徴」(参考にしたサイトはコチラ

だそうです。

 

悪意や憎しみ、怒りの象徴・・・・

 

私たちは生きていると

自分たち個人の意識だけではなく

集合意識などの

地域や国、民族などの意識に

無意識に判断や価値観を左右される時があります。

(オリンピックで無意識に日本を応援しますよね?)

 

おそらく

古代の対立の集合意識は

そろそろ解かれるころなのかもしれません。
(もしくは、もう解かれたのかも。)

 

集合意識なんて大きなものは置いておくとして

 

あなたの中にある

あなたが鬼だと思っている(自分には不要だと思っている)

自分の一部は何ですか?

 

私ははっきり言って

悪意や憎しみ、怒り(青鬼を象徴するもの)

はできるだけ持ちたくないですw

 

青鬼のインスピレーションは

私自身に対して

 

自分の中の要らないと思っているものを

受け入れる覚悟を持ちなさい

 

という意味かもしれません。

もしかしたら違うかもしれません。

もう少し様子を見てみますw

(シンクロ続く時、タイミングを待つことが多いです。すぐに色々やってみるのも良し。好みだと思います✨)

 

全てがあって私。

全てがあって自分の世界。宇宙。

 

明日は新月。

私は、私たちは何を、手放そうとしているのだろう。

 

 

Ayako
小学生と園児の2児の母です。 ~無理せず、自然に、私らしく~ 自分を受容するにつれて、世界からの様々なもの、タイミングなどに気づきやすくなり、受け取り上手になります。受け取り上手は与え上手。 自分の世界の波に乗るような生き方を体感できます。 ヒントや気づきにつながる情報をシェアします。 自己受容含む、色々な記事をアメブロでも更新しています。 (アメブロ:https://ameblo.jp/ayako44448888/)
投稿を作成しました 73

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

関連する投稿

検索語を上に入力し、 Enter キーを押して検索します。キャンセルするには ESC を押してください。

トップに戻る